インド 神への道
まず、神へ“私がベジタリアンになることができた”ということに感謝の祈りを捧げよう。
昔の私はベジタリアンなど絶対にならないと思っていた。そんなストイックなことは絶対にできないし、やりたくないと思っていた。おいしいものは食べたいときに食べたいだけ食べたいと思っていた。その上、ベジタリアンを始める約2週間ほど前、あるセッションを受けた。その時もベジタリアンだけは絶対に嫌だと叫んでいたのである。
しかし、今は自他ともに認めるベジタリアンである。その上、お酒もまったく飲まない。これは健康のために続けているのではなく、神のために行っているのである。
その昔、ベジタリアンに挑戦してみたこともある。健康にも良さそうだし、霊性にもなんだか良さそうだし。しかし、ストレスが溜まり続かなかった。動機が曖昧だということもあったのだろうけど神のご加護が無かったためか自分に振り回されてあっさりとやめた。
しかし、今回は違った。理由がしっかりと存在したということと私たちがベジタリアンになると神が喜ぶということを知り、私の大好きな神様が私がベジタリアンになることで喜んでくださるならば・・・と、一念発起して始めた。けれども、私は意志が弱いので最初はできても後の方はできるかなぁと、不安に思っていた。しかし、3年経過した今も喜んでベジタリアンを続けている。これも神の恩恵だと思っている。実際、恩恵である。他の人から見ると非常にストイックで日常生活に不都合ばかりあるように見えるらしい。けれども、やっている本人はそれほど辛いと思っているわけでもなく、むしろ楽々とやり遂げていることが不思議と思えるくらいである。神へ感謝。
まず、神へ“私が信仰の中に入れた”ことに感謝の祈りを捧げよう。
私が初めて聖者と出会った頃、私のところへはとても重い悩みを抱えたクライアントが大勢来ていた。私はマスター的観点として“彼らの学びだから・・・と、暖かく見つめる”という立場の自分と、“なんとか助けてあげたい!”と思いつつ、我がの力なさに苦しむ自分という、二つの分裂した自分を抱え悶え苦しんでいた。自分にとって楽な道はマスター的観点に立ってクライアントに接するということ。そうあるべきだと思っていた。しかし、何か違う。頭のどこかでそんな声が鳴り響いていた。そして、私は2つ目の道をとり、癌病棟へ通い、ヒーリングを続け、自分の力なさに苦しむ毎日だった。
そんな時、聖者と出会った。聖者はインドへ100回以上も通い、霊性修行に励み、さまざまなものを神へと捧げ、やっと奇跡を顕現する聖者となることができた方だという。
友人Aさんから「聖者のお話を聞く機会があるから一緒に行こう」と誘いを受け、素直に従った。
会合にはたくさんの人が来ていた。聖者はみんなの前にインドのパンジャビを着てゆったりとしたイスに偉そうに腰掛けていた。私の第一印象は“ああ、行っちゃってる人”だった。
その頃の私のモットーは“瞑想をし、自己観察を続け、霊性を大切にした生活をするけれども、普通の暮らしも大切にし友人たちとばか騒ぎすることも忘れない!”だった。今思い出せば恥ずかしい。どの道が正しくて、どれを大切にしなければいけないかも分からないでいたのだ。
その程度の自分から見ると聖者は“偉そうに”座っているように見えたのだ。
聖者の話が始まるとますます混乱が増えていった。聖者は私の今まで大切にしてきた価値観を粉々に砕いていくような話をするのだ。訳が分からなくなっていった。隣に座るAさんはすでに混乱を通り過ぎ、激怒していた。
聖者の話はさっぱり訳が分からないながらも、聖者が今まで出会ったことのある誰とも比較にならないほどのとても強いパワーと高い知性、高度な叡智、 そして純粋で美しいほどの神への信仰心を持っていることが見て取れた。本当に美しいと思った。
私は混乱しながらもある一つの考えが浮かんできた。“この聖者は私が本当に心から頼めば願い事を叶えてくれる!”何にしようかなぁ^^;と後半の話は聖者の話が自分自身が破壊されるほどの威力のある話であるにもかかわらずニコニコ、わくわくしてきた。そして、思い至った。
私:「どうぞ、私の目の前にくる人を助ける力を下さい。今、癌の人を抱えてヒーリングに通っているのだけれども、その方を助ける力を下さい。!」
聖者:「その方の癌を治したいのですか?」
私:「そうです。けれどもそれだけではありません。私の目の前にはたくさん大変な方がやってくるのです。けれども、私には何もできないのです。それが苦しくてどうしようもない。だから、どうぞ、私にその方達、私の目の前に現れる人を助ける力を下さい!」
と、その時、真剣に頭を床にこすりつけてお願いをしました。すると、聖者は
聖者:「分かりました。では、ベジタリアンになりますか?」
私:「はい!」
それから二度と、肉、魚、卵は食べることは無くなってしまった。
神へ感謝。私はあれ以来、もう二度と、無意識に命の大量殺戮に加担することは無くなりました。
プレアデス 光・太郎